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漠然と崩壊する中で   [考え方]


昔は、という言い方になるが、自分が若かった頃、息苦しかった。
たくさんの違和感を抱えながら、大阪の高校時代に爆発して、逃げた。
高校を中退し、大阪を脱出し、家を飛び出した。

その禍根は引きずり続けているが、最近、違った意味で息苦しい。
自分を取り巻く社会が歪みを見せ始め、隠していたものが露見し始めている。
民族と宗教と、小競り合いが加速し、民主主義国家は分断が始まっている。




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意味などわからなくても働く人間に仕立て上げる場所、それが学校。
そんなことを言ってるのが不思議で、海外の番組を録画した。
そしてその流れを追ってると、確かに、時代は変わったのだと思ってしまった。


 学校とは、ちょっと考えれば誰でもが変だと感じることに疑問を持たないように教育する場所です。例えば、利益を生まないのに、なぜこの書類が必要なんだろうとか、誰も読まないのに、なんでこんな報告書を書くんだろうとか、当然の疑問ですが仕事の担い手たちは、そんな疑問を抱かないことも仕事だとわきまえています。





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初等教育で子供の自然な好奇心を叩き潰している、と番組は続ける。
教育は幼心に芽生えた自然な好奇心を破壊するために行われている、と。
ここで疑問を持ったけれど、その後の幼子の動きを見ながらナルホドと思う。


 子供が自分と周囲の世界の区別がつくのは、自分の力で変化を起こすことができると分かった瞬間です。例えば、腕を動かして偶然テーブルの上の鉛筆を転がしたとしましょう。もう一度手を動かせばどうなるか、もうその子には分かります。鉛筆をもっと遠くに転がせるんです。すごい、僕は他のものに影響を与えられる。その子が人間だと自覚する瞬間です。周りの世界とは違う存在なのだと。


そうした感覚を奪われると人は崩壊します。
自分を人間だと感じる大元の理由を奪われてしまうからです。
と説明しながら、社会変化の中、労働も変化しなくては人間性が壊れると言う。


 市場経済が認めている価値と、働く人が感じている価値との間に不一致が生じていて、何かが大きく間違っていると人々は感じています。彼らは本来、仕事とは世の中の役に立ち自分の心の中にある何かを深めていくものだと思っています。





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いまの時代、結婚と出産だけが女の人生じゃないんだから。
ドラマの中のそんな台詞に、ようやく日本にも来た新しい時代を感じる。
言えなかったことが言えるようになったこと、遅ればせながらの前進。

他者の価値観で縛られ、他者の価値観を押し付けられる苦しさが嫌だ。
ずーッとそう思いながら、自分も似たことをしてきたのかもしれない。
本当はバカな話をして笑って生きていたいだけなんだけど、もどかしい。




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