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『権現の踊り子』   [読書 本]




錯覚というものは恐ろしいもので、名前が三文字の作家を妻が読んでいることを知っていた。
そして妻が町田康を読んでいると思い込んでいたら、読んだことあらしまへん。
あ、そー、と思い直しながら、妻には勧めない。

美味しい物を隠してしまういつもの癖とは違って、妻のよき理解者として、薦めない。
人にはそれぞれ感性があり、おそらく彼女は受け入れないだろう。
少し、十年あまりの、大阪のハッタリと勢いが自分の中にあって、読むことが出来たのかな。




『権現の踊り子』 町田 康 / 講談社 (第一刷発行2003年 3月24日)
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電車の中や職場で、腹の立つことがある。文句を言いたくて、押し寄せてくるもの、それを大阪の方は「これだけは言わせてもらうわ」と、わざわざそれだけのために立ち上がることが出来る。ほんの少しそういう感覚が私の中にもあり、しかし、大阪を出てからは自分に言い聞かせ、発火させてからでなければ文句が言えない。

押し寄せてくる文句の感情は、そのつど抑えなければならないことを教えられ、大人になる努力をしたが、結局は抑え込んだ物を忘れる努力も必要となり、そのドロドロした物が、尋常ではない箇所に蓄えられていくのだと思う。突然、キレてしまうオッサンの多くは、必要以上に抑え込んだ物が突如発火してしまう、小心者だったのだろう。

鳩山元総理の乗る車が、公道で右翼団体「草莽崛起(そうもうくっき)の会」の街宣車に取り囲まれ、身動きできなくなったニュースを見て、道路事情を考えると迷惑な話だな、と声を出すのだけど、スッキリしている自分がいる。菅元総理が安倍総理を訴えて、当然のように敗訴するニュースを見ながら、森喜朗や村山富市と一緒に、どこか酸素の薄い所に、だれか置き去りにしてきてくれないかなと妄想する。

宝くじに当たればどのように使うか、具体的な使用計画も煮詰まってきたけれど、一向に当たる気配のない理不尽にも耐え、妄想だけが慰めのオッサンは、すでに立派な小市民。しかし、ドロドロと蓄えられた、不完全燃焼の怒りが、人を狂気へと走らせるのだろうよ。

そんな危険な小説だった。
町田さんの短編集から読み始めた。この方、芥川賞作家なんだね。タイトルの『権現の踊り子』は川端康成文学賞を取っているし、評価は安定している作家、と思いきや確実に二分されるであろう強烈な、毒々しいエネルギーを持っていて、怒りの着火剤のような読後感がある。今の私には危険な小説だと思った。


6つの短編が盛り込まれていたが、冒頭の『鶴の壺』には参った。参り具合は文体で、野坂昭如にあるような、句点がなかなか出てこないもどかしさ。読むにつれ不快感がせりあがり、何度も身構えてしまった。きっとこの方はリズムの作家であろう、要注意。

3つめの『工夫の減さん』あたりから落ち着きが出て、慣れ始め、読めた。
おそらく「減さん」は、世の「減産」の駄洒落だろう。



『権現の踊り子』には、「ひんがら目」(p67)が堂々と登場し、言葉狩り初期にはやられていたのではないかと心配をした。この方の語彙が古風でよろしい。軽薄な作家、石田衣良なんかよりはずっと言葉をもてあそぶお方で、宜しかった。

「人を見とがめ誰何し」(p68)なんて、兵隊さんみたいに、「スイカ」=誰だ誰だ。あるいは、「屹度(きっと)」(p72)や、「路傍の小屋掛けに起居する」(p72)、「恬然として」(p84)という言葉回しだ。テンゼンと来れば、もちろん「驟雨」(p97)も降るのだった。

世では、ジタバタしても始まらないと、我慢するのだが。町田氏の作中人物は、ほぼ全員、ジタバタしてから始めていて、追い詰められて、追い立てられて、追い打ちをかけられ、走りに走る。逆に、抑制しておいた我が心のドロドロが、噴出口を求め、事件が発火しそうになった、危険。デアル。

抑制!せよ、ということなのだろう。オレはキレずに、ジタバタするかな。







偏差値の構造


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偏差値から離れて1年近くたったが、また縦に伸びる世界となった。SS80を越える世界はなかったのだけど、下の30代が発生し、80を越える学部が増殖中。格差社会の、確実な線引きが就職活動中にもあり、表だってはどの社も言わないけれど、ある。

昔は、大手企業に採用された大学学部が赤本(教学社)にも掲載されていたけれど、ここ5年ほど、ほぼ完全に見なくなった。ということは、採用に関する偏りがあっても、外からは分からないようになっていると言うこと。競争がよくないと、隠したから、「平等になった」ように錯覚し、現実は、大学名で足切りが、ないとは誰も言えないのだった。

自分の出身大学学部が偏差値を高騰させるのは、オレの力ではないのだけれど、10ポイント以上も上がっていると、びっくりポンやと、腰を抜かしそうになる。


再就職組、ジタバタしてみようかな、オレ様も。





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コメント 4

旅爺さん

お金ばら撒き屋の阿部総理や森喜朗なども一緒に
ロケットで打ち上げちゃいたいです。
by 旅爺さん (2015-12-04 10:55) 

hatumi30331

町田庸、昔読んでたよ。^^

今日は大阪も寒い!
by hatumi30331 (2015-12-04 13:19) 

JUNKO

まだとうとうと体内に熱いものが流れているのですね。羨ましくもあります。
by JUNKO (2015-12-04 20:35) 

あるいる

「youはナニしに大学へ?」
そんなコトを聞いてみたいと思う時があります。
6・3・3・4と16年間も勉強ができる時代がとてつもなく浪費されている思えてしまうのは、大学へ行けなかったヒガミも含まれているコトが確実な僕です。
大学の差別化・足切化が進んでいるのに、「youはナニしに大学へ?」
4年間の投資、金と時間の無駄遣いと思える輩が少なくないと思えたり、この4年間がなかったらもっと酷いかもしれないと変な諦めがあったり、ですよ。
パンクロック歌手でもある町田 康さんのCDが一枚だけ大阪市立図書館の蔵書にありますが、借りて聴く体力がありません。
パンクもヘビメタも含めてロック音楽はちょっと苦手です。
理不尽で不条理な彼の作る物語世界の多くの主人公は、小さな手違いや勘違いや間違いを発端にして破滅への道をまっしぐらに進んでしまい、そこに救いは見えません。
近松の心中物のような破滅への道を物語として俯瞰したり笑い飛ばしたりしながら好むのは、その昔から大阪人に流れている、DNAのせいなのでしょうか。
微妙なユーモアとジタバタしながらも現実を受け入れる登場人物の姿に、僕にもそれはあると妙に納得できる共感がありますよ。
溜め込んだ鬱屈した気持ちは制御できるほどのものなのか、制御している僕の意思が強いのかは意見の分かれるところかもしれません。
ただのひねくれ者いい加減オヤジがちょっとカッコつけたつもりで世の中を斜に見ているだけなのが実態なのですけれどね。


by あるいる (2015-12-05 04:30) 

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