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『 翔ぶが如く (二) 』   [司馬遼太郎]




薩摩隼人が寡黙でありながら、少ない言葉数で意思疎通を図り、それでつうじあうという描写が続く。他藩の連中は言葉を求めるが、あるいは西郷隆盛、一蔵どん(大久保利通)の会話たるや、ほとんど単語レベルで、長すぎる沈黙で理解し合う。そんな描写を読むにつけ、三女の言葉数が少なくとも、強い意志を持つ姿勢をあらためて見るに、この娘は薩摩武士の生まれ変わりなのかなと、ふと考えたりするのだった。



『 翔ぶが如く (二) 』 司馬遼太郎/文春文庫(新装版第1刷 2002年2月10日発行)
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p193
 「欧米へまわると、物がわかるはずだ。以後、君らは日本だけに通用する物の考え方から解放されるだろう。これは日本のためによろこばしい」
 説教癖は、パークスの癖である。


p194
 パークスの意見はつねに極端であった。
 「伊藤と大隈のいうことを聴かなければ日本は滅びるだろう」
 といったのである。とくにこの言葉は、西郷従道の耳につよくひびいた。従道が征韓論さわぎにさいして兄に傾かず伊藤を同志にしたのは従道の思想が基調にあるとはいえ、この事実は見のがせない。


p298
 もし空いている一地方にある国が自国の勢力を入りこませようとするならば、あらゆる根回しが必要で、そのめざす地方の王朝よりもむしろその地方に関心を持つ列国に対して十分な手をうっておかなければかならず失敗するという智恵を欧州の政治家はよく知っていた。かれらが邪智に富んでいるのではなく、そういう国際環境の中でそれぞれが国家を成立させているために経験が体質化しているといっていい。
 日本の歴史には国際環境という、国家行動を規整する力学がきわめて微小にしかみられず、そういう孤独な社会をつくってきた。


p346
 「それはなりませぬ」
 と大久保は日常よくいう。可能の限界を明示することは大久保の政治感覚のなかでもっとも重要なことであった。かれは日本国の政綱を攬(と)るにあたって、一見無数のように見える可能性のなかからほんのわずかな可能性のみを摘出し、それにむかって組織と財力を集中する政治家であったが、同時に不可能な事柄については、たとえそれが魅力的な課題であり、大衆がそれを欲していても、冷酷といえるほどの態度と不退転の意志をもってそれを拒否した。にべもなかった。
 死につながるであろう。
 この種の冷酷な拒否的態度と、政策への断乎とした集中力の発揮は、その当事者の精神の根底にいつでも死ねる覚悟がなければならず、大久保にはそれが常住存在した。
 やがては大久保は、かれが予感したように、殺されるべき人物であった。大衆は政治についてのこのような生真面目な明晰者を好まないというおそるべき性格をもっている。大衆は明晰よりも恩情を愛し、拒否よりも陽気で放漫な大きさを好み、正論よりも悲壮にあこがれる。さらに大衆というものの厄介さは、明晰と拒否と正論をやがては悪として見ることであり、この大衆の中からいずれは一個の異常者が出現し、匕首(あいくち)を握るかもしれなかった。


p368
 (板垣と副島もあまい)
 と岩倉は、その鉢びらきの頭のすみでおもった。
   ※ 鉢開き坊主=鉢坊主=托鉢して歩く坊主。乞食坊主。鉢開き。




復活なんてきっかけは泥臭いものだった 1

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次女のブログに言う、
「何をそんなに長い間悩んどったのか」とA先生には笑いながら言われましたが、「案外あっさり切れたやろ」との事でした。


何度も何度も、絶望に近い苦しみを感じるのは精神衛生上、それは良くありません。だからこそ、環境を変えてみようとするのは、人生の大きな時間のなかでは必要なことで、当たるか外れるかそれは知らぬ、されど、さればこそ、あがいてみようとするのも良く、沈黙してしまい動かぬのも良いかも知れない、と還暦を過ぎてオヤジは思うのです。

自分自身が、ターミナルに到着し、ここは終点ではあるけれど、出発点でもあるわけで、さあさあ、次ですよ次。花でも買って、音楽でも聴いて、次でしょ、次。ファイト!



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ファイト! 122

コメント 4

hatumi30331

いつまでも、同じところではしんどい。
抜け出す所は、案外近くやったりするしね。^^

北国の春・・・楽しんでね。^^
by hatumi30331 (2015-04-25 14:13) 

あるいる

小さい子どもの頃は三日坊主。
大人になって無理矢理石の上にも三年。
辿り着いたところが無い袖は振れぬ。
自分の実力、能力、限界を知るのはシンドイことで、それを磨いて行くのはもっとシンドイことですよ。
手抜き・息抜きばかりを覚えてしまった僕が言えるコトではありませんけれどね。
それでも次から次へと無理難題が待ち受けているものですから、なんとかしてやろうと終点のない明日へトボトボ歩き続けています。

by あるいる (2015-04-25 15:53) 

johncomeback

司馬遼太郎は学生時代に夢中になって読みました。
「飛ぶが如く」は好きな作品の一つ、30数年振りに
読み返してみようかな(^^)ニコ
by johncomeback (2015-04-25 18:32) 

Lonesome社っ長ょぉ〜

ターミナルという表現が使われている空港ですが、ハブという役目も
ありますから、乗換え方向転換の重要ポイントでもあるんですよね。

by Lonesome社っ長ょぉ〜 (2015-04-25 23:07) 

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