SSブログ

花神(一)   [司馬遼太郎]




長女のブログ   
「世に棲む日日」を読み終え、すぐにこの「花神」(中国語で「花咲かじいさん」の意味)を読み始めました。通販サイトで、「世に棲む日日」を検索すると、この「花神」もお勧めと出てきたので、早速図書館で借りてきました。この本、明治維新の際、倒幕軍を仕切った参謀、大村益二郎の話です。幕末はカリスマ的数々の大物が登場しますが、この大村益次郎はそういったカリスマとは大きく異なります。(後略)



1ヶ月ほど前の長女のブログに「読書 '15」の項目で、司馬遼太郎の『花神(かしん)』が紹介されていた。吉田松陰と高杉晋作が主人公の『世に棲む日日』を紹介し、読めと渡したチチではあるが、『花神』のほうは読まずにいたので、かなり悔しい思いをした。


長女のブログ   
幕末のドリームチーム小説を読んでいるようでした。(中略)個人的には主人公のちょっとした窮地を救ったのが大隈重信というのも、読んでいて嬉しかったです。かつて別の小説で主人公だった人達を、大村益二郎という外の視点を通して読んでいくのは、不思議な感覚でした。



ちょっと面白そうな話やんかと思いつつ、しかし、ここは素直に飛びついて読んでしまおうと、妻に頼んで図書館発注してもらい、読み始めることにしたのだった。おもろい。面白かった。さらに、ハンチントンの『文明の衝突』を読んだ後だから、ある意味での「日本理解」につながる小説だなと思えた。






『花神』(一)  司馬遼太郎/新潮社(昭和47年5月25日発行) 1972年
DSC02646.JPG


p126
この国に歴史がはじまって以来、国家観念が世論の中で成立したことがなかったが、そのことがペリーの恫喝外交によって成立した。それまでは日本は国家というよりも本来が「天下」とか「海内」とかいうものであり、四方が海であるため、この列島が日本人の実感としては唯一の天地であった。

それがペリーにより破られ、日本が国際環境のなかにあることを恐怖感情で実感することになり、同時に日本国家という概念が成立した。が、概念が実体になって統一国家ができるまでは当然ながら動乱がなければならない。つまり「天下」の崩壊から「国家」の成立までが、幕末の風雲期である。


p247
ナショナリズムというのは、民主主義とか国民、、国家主義といったふうに、社会科学の用語として使われるばあい、あまりに輪郭が鮮明すぎてミもフタもなくなるが、本来ナショナリズムとはごく心情的なもので、どういう人間の感情にも濃淡の差こそあれ、それはある。

自分の属している村が、隣村の者からそしられたときに猛然とおこる感情がそれで、それ以上に複雑なものではないにしても、しかし人間の集団が他の集団に対するときにおこす大きなエネルギーの源にはこの感情がある。この心情の濃淡は知性とは無関係で、多分に気質的なものであろう。


p280
(山脇東洋曰く)「原理というものを優先して実在を軽視すればよき智恵も曇る。原理にあわぬからといって実在を攻撃することはいけない」
東洋の生年は村田蔵六のそれより先だつことほぼ120年である。
*蔵六(ぞうろく)=《4本の足と頭と尾の六つを甲の内に隠すところから》亀の異称。




ハマっちゃいますね。
ちょっとした読書習慣が作れそうです。
別れの季節、読書の世界に逃げ込みます。
娘たちのそれぞれの転機、一念発起、新年度の開花を信じて邁進です。


ファイト!






ファイト!(107)  コメント(3)  トラックバック(0) 

ファイト! 107

コメント 3

hatumi30331

読み出すとハマる気持ち分る〜〜〜♪
そんな時期ありました。^^;
by hatumi30331 (2015-03-05 07:00) 

JUNKO

司馬遼太郎の作品は文句なしに面白いです。
by JUNKO (2015-03-05 19:34) 

Lonesome社っ長ょぉ〜

司馬遼さんの御宅はたしか近鉄奈良線沿線、これも何かのご縁と
ばかり何冊かは拝読しましたが、このあたりはチェックが甘かった
ようでした。幕末モノは大きく揺れ動いていたせいか、ハマルとぐいぐい
引きずり込まれます。
by Lonesome社っ長ょぉ〜 (2015-03-05 21:57) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0