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ドンちゃん縁起   [むかし噺]


私の初任校は、たくさんの牛と少しの人間が住む道北の街の外れにあった。
赴任する時はまだ鉄道も走っていたが、やがて廃線になった。
低気圧の墓場のような場所で、低木は全て風圧で曲がっていた。

まだ土曜日に授業をやっていたし、文部省の指示で必修クラブが誕生した。
週に一回2時間、何かをやるのだけど、教科書もないという暗中模索。
中には瞑想クラブと言って、2時間ただ目をつぶっているものもあった。

先生の数だけ必修クラブがあるのだけど、調整が難航することもある。
どの(嘘みたいな)クラブからも、適性がないとはじかれる子がいる。
いわゆるワルで、教師に嫌がられているのが目に見える。

私は「一日一善クラブ」を作って、街の掃除でもするかと思った。
あいつなら面白いことをやるだろうと、参加する者も居た。
あるいはあぶれ者の、あとで考えれば停学経験者大集合の一日一善クラブだった。




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2学期が始まって、天気も良いから浜の掃除に行こうと、浜に降りた。
男くさい男どもを連れて、浜の掃除をしていた。
本当は、私は全くやる気がなくて、適当に時間を過ごしたかった。

しかし生徒が、カラスに襲撃されている仔犬を見つけたのだった。
先生どうする、と言うから、生態系を崩してはいけない、放置せよと命じた。
野球部の少年が言う、オレ将来、学校の先生になりたいんだけど、見捨てるの?

そういう一撃には弱く、じゃあカラスを追い払えよ、カラスが怖いことは隠した。
生まれたての仔犬たちが段ボール箱で捨てられていて、襲撃から逃げていた。
私は何とかせぇと言うだけだったが、生徒はスポイトや牛乳を調達してきた。

停学になるようなアンポンタンは、マイナスだけど行動力がある。
平均点狙いのイイ子よりは、方向性さえ変われば、行動力を発揮する。
きっとスポイトは化学室を襲撃して持ってきたのだろう、調達力もある。

面白いことに、普段はカッコつける奴らが、仔犬を抱えてスポイトで牛乳を流す。
煙たがられる連中だけど、私よりずっと根が優しい悪ガキだと思った。
既に彼らは50代も半ばを目指し、よきオッサンになっていて、闇に消えた奴はいない。




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1985年10月1日(火)


生き残った一匹を我が家に持ち帰ると、どうするのと妻が言う。
飼ってくれそうな生徒を授業で見つけるから、それまでと妻に頼んだ。
数日後、引き取り手が決まり妻に言うと、いやだ世話してたら離せない、と。

隣りの家の生物の先生にオス・メスの判定をしてもらい、オスだと断言された。
同僚の国語教師は絶対にメスだというが、権威に弱く、オスの名前を付けた。
ドン・ニザエモン、ところが、成長と共に、メスであると判明したのだった。




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1986年1月19日(日)


犬の赤ちゃんが生まれた時には目が開いていないことを経験した。
しばらくの間、目が開かないで、這いながら温もりを求めていた。
人間の赤ちゃんが生まれた時、暫くで目を開けるので驚いたものだ。




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1986年2月23日(日)


犬を飼うと決めたからには、家族として扱うことになった。
ただ、可愛そうな気もしたけれど、去勢することにした。
人間の横暴かもしれないが、動物とうまくやっていくには大事かなと思うの。




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1987年2月1日(日)


ドンちゃんとは道内のあらゆる場所へ、ドライブした。
テントの時は一緒に寝て、旅館やホテルでは車の中で寝かせた。
いわゆるトイレも、ちゃんと場所をわきまえて、教えることができた。

ずっと一緒だったドンちゃんは、たくさんの楽しみを与えてくれた。
函館に移って何年かの後、癲癇で亡くなった。
獣医さんに厳しいって言われた時は泣いてしまった。

私たち夫婦にたくさんの記憶と爪痕を残していった。
彼女は犬としてではなく、人格を持っていたと、私たちは錯覚している。
もしなんて言いだしたらキリはないけれど、ドンちゃんには会いたい。


しょうもない話だけど、どこの家庭にもある昔話だと思う。
思い出すだけで、心を温かくしてくれる家族だった。
拾った犬と、簡単には言えない大きな存在である。




ファイト!





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コメント 9

あるいる

犬は好きな友達でしたが、こどものころ、近所の犬の隣に座り込み話しかけながら撫でていたら、左手首をガブリを噛まれてしまいました。
どうも病気中だったようで、狂犬病の感染を恐れた母に病院に連れて行かれ、注射を打ちました。
それ以来、狂犬病という病気があることを知り、噛まれた恐怖から犬が苦手になりました。
今でもうっすっらと手首の内側に傷跡が残ります。
今でも犬と猫を避けて道を歩きます。
トラウマってのはホントにあるんだなぁと実感です。
ドンちゃん、メスなのにオスの名前を付けられてちょっとかわいそう。
仁左衛門が首領なら雲切一味の首領ですよ。
仁左衛門には辛い生い立ちと、停学経験者たちに救われたやさしさあふれる過去がないまぜにあったとは、知りませんでした。
五枚目の写真は賢さと人恋しさにあふれる表情が素敵です。
家族として育まれて得た表情でしょう。
昔の人は云いました。
氏より育ち。
tommy88さん一家の一員になったのが、ドンちゃんの最大の幸せだったのかもしれませんね。



by あるいる (2021-01-31 03:51) 

mutumin

人間も動物も植物も生まれた時から世話をして育てると可愛いものです。その可愛さは無償の愛ですよ。
ワンちゃんを見て、小学生の頃に飼っていたぺリを思い出しました。真っ白なスピッツで良く吠えました。
by mutumin (2021-01-31 04:41) 

hirometai

tommy様
おはようございます。
どんちゃん、名前からてっきり♂だと思いました。
可愛いですね。
美人美犬でしす!(^^♪
目も開いていない頃から可愛がって育てられたのでは、愛情も並ではない可愛がれ様だったのでしょうね。
カラスに襲われた所を拾ってくれた教え子たち、愛情一杯で育てたtommyさん一家、色々なご縁でどんちゃんは幸せな一生を送られましたね。
道北での教師生活は、大変でしたね。
熱血教師に救われた子供達の成長が社会の宝になっています。
by hirometai (2021-01-31 09:47) 

JUNKO

心温まるお話でした。快晴の日曜の朝階下はまだ静か、相棒が生きているか生存を確かめてきます。
by JUNKO (2021-01-31 11:04) 

テリー

長い間飼っていたワンちゃんとの死別は、つらかったでしょうね。
沢山の思い出が残っていれば、それで、前に進めますね。
by テリー (2021-01-31 16:12) 

kome

ドンちゃん、幸せでしたね。
kome宅のあずかり犬は5頭目ですが、夏か秋頃には引き取られる予定です。
by kome (2021-01-31 17:38) 

まほ

命名書きが、ものすごい達筆なのに驚きました。
ドンちゃんのエピソード読んでいて、泣かせていただきました。
停学体験者たちの心の温かさと、適応力、行動力、調達力?(笑)
そして、先生の対応も、結局子どもに考えさせる形でしたので、
素晴らしいと思いました。
助けたワンコと、幸せな時を過ごされましたね。
でもなぜ、仁左衛門?(雲切???)そして、ドン?
by まほ (2021-02-01 01:22) 

まゆりん

ドンちゃん、かわいいですね~♪
それにしても、生物の先生が性別間違えちゃダメでしょって思いました^^
それに、家でこんなにかわいい子をお世話してたら絶対手放せませんよね。
大事な家族として生活して、ドンちゃんはとっても幸せだったと思います。
by まゆりん (2021-02-01 02:08) 

Inatimy

カラスから皆に助けられ守られ育ったドンちゃん、可愛い表情です^^。
必修クラブがあったこと、天気が良かったことなど、いろんなことが重なって、
ドンちゃんに出会えたんですよね・・・深いです。
by Inatimy (2021-02-01 19:04) 

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