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さばの水煮   [味]




定時制高校時代の絶対恩師・上迷、心の中では生きているのだが、もう会えない。彼の敷居はいつでも高かったけれど、そのくせいつも簡単に乗り越えていた。そんな関係だったことに甘えすぎていたのかも知れない。もっと足繁く、会いに行けば良かったのかな、と思う。好きだったんだ。

父親に叱られるのは、最後は苦痛でしかなかった。無意味な暴力が伴うこともあり、いつかはヤリ返してやろうと決めていた。彼は自分の価値観を押しつけるために怒っていて、怒りの中には自分自身しか居なくて、私ではなく、彼は自分のことを考えているだけだった。鬱陶しかった。





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しかし上迷には、叱られて苦痛を感じることは一度もなかった。ゲンコツで、彼の方が背の低いこともあって、飛び上がって頭頂部に怒りの鉄拳を打ち降ろされたこともあるし、無断で遅刻すると、出席簿が折れてしまうほど、しょっちゅう叩かれ続け、クラスのさらし者にされるのだけど、憎むこともなく、常に納得できた。

なんとなくだが、彼は私が好きだったのではないかと思っている。「どこが好きなの?」と聞いて、怒られたこともあるが、漫才のボケと突っ込みのような、コンビのように私は感じていた。いつも一緒に居たから、「ねぇ、湯沢さん」と呼んで、オマエとは出会いが教師と生徒だ、その呼び方は100年早い、などとこれまたえらく怒られたものである。





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ほとんど毎日、定時制の校舎を夜10時半頃に出て、定食屋に寄り、その後喫茶店で語り明かし、別れるのは午前3時とか4時であった。大学の講義以上の話を聞き続け、楽しかった。それだけいつも一緒に居て、しかし飽きもせず、休日にも、呼び出されることもあったが、私が昼食を買っていくという形で、彼の家に行っていた。

チャック(私)、鯖の水煮と食パンを買ってきてくれ、という指示が出て、買っていく。缶を開け、中の水分を捨て切り、どんぶりに1缶60円の鯖を移し、マヨネーズを掛けてかき回す。そういう作業が私。上迷は指示を出すだけ。食パンを焼き、マヨネーズで和えた鯖を載せて食べる。読んだばかりの本の話を聞きながら食べる。至福の時間だったのだと思う。





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「あの味」をと、缶詰を買ってきて、同じようにこねて作ってみたけれど、鯖の水煮が甘くて、おいしくなかった。缶詰が違ったのかなと思いながら、もうあの味は食べられないのかなと思うと、少し寂しい気がしている。



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コメント 9

hatumi30331

思い出が料理とともに蘇る。
そんなことあるね。
良い話しを聞かせて頂きました。^^
by hatumi30331 (2016-03-04 07:55) 

turugi

学生時代大変だったんですね~~
by turugi (2016-03-04 11:28) 

長友

この思い出、1冊の本になるのでは・・・。

by 長友 (2016-03-04 13:44) 

讃岐人

今は、このように裸でぶつかることを、皆が避けているように思います。「教育」もそうですが、何かというとすべてが定量的価値基準によって計られるようになり、その外にあるものは切り捨てられてしまう。
今は、同じ味は得られないのかもしれません。私はそうは思いたくないのですが。
by 讃岐人 (2016-03-04 14:49) 

yakko

こんにちは。
良いお話ですね〜 ジーンときました・・・
by yakko (2016-03-04 14:57) 

あるいる

教師と生徒の間には深い谷や高い壁や階段があるのでしょう。
それをなんとか乗り越え上がろうとする生徒を引っ張り上げ引き上げる醍醐味が教師にはあるのでしょうか。
百年早いと言われてもまっすぐに向き合う生徒と教師。
そんな教師と生徒はそうざらにいるものではないでしょう。
学校での必須科目以上に大事なことを教わり身につけられたようです。
それが教えるということなのかもしれません。
記憶の味を再現することは至難の技ですよ。
そこには味だけではなく時間とともに凝縮された濃密な思い出というどうしようもなく不可思議な調味料が加味されているはずですから。
サバ缶とマヨネーズと焼いたパン。
実に不思議な組み合わせの食べ方です。

by あるいる (2016-03-04 16:51) 

JUNKO

息子と父親の関係は熾烈なものがある時期があるようですね。父親を否定し乗り越えようとあがく息子を私も見ていました。

by JUNKO (2016-03-04 21:50) 

ゆうのすけ

これはもしかして 鯖の(煮付)味噌煮若しくは醤油煮で ただの水煮とは違うかもしれないですね。
水煮缶は 色の付いていない 鯖の出汁の澄んだ水分が入っているんですよね。^^;是非もう一度 ”水煮缶”を手に入れられて あの頃の味を思い出されてください!^^
(シーチキンをマヨネーズで和える 鯖缶版ですね。美味しそうです。^^スライスした玉ねぎといただいても美味しそうです。)

水煮缶・・・水分も捨てないで そのまま鍋に移し 被るくらいの水を足し あれば(臭み消しの)刻み葱と お好みで醤油を少し加え煮立てると 美味しいス―プになるんですよね。ただ、冷めてしまうと 魚臭さが増してに不味くなるので 熱いうちにいただくと美味しいです。すった生姜をこれまたちょこっと加えてもまた美味です。^^
by ゆうのすけ (2016-03-05 04:43) 

ipanemaoyaji

学生時代、素晴らしい人と出会えたんですね。人生の中で、こんなに相性の良い人とは、そう出会えるものではありませんね。
若い頃の思い出は、食べ物も、景色も全て素晴らしかったと感じるのが郷愁なんでしょうね。
イパネマおやじ
by ipanemaoyaji (2016-03-05 16:42) 

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