益二郎と洪庵 [ひと]
7月に、母を訪問したとき、話題になった場所を確認してきた。
7月24日のことである。
私が小さかった頃、小学4年生まで、よく週末に母と一緒に祖父母宅へ移動した。
なぜかは知らないが、姉は、祖父母と一緒に、住吉に住んでいた。
私は両親と一緒に千里丘の鉄道官舎に住み、一人っ子だった。
なぜそういう育て方をしたのか、結局は教えてもらえなかったが。
そして、姉との、子どもの頃の、日常の思い出がほとんどない。
逆に、小学生の6年間、姉は、両親との日常的な思い出がない。
考えてみれば、子どもにとっては罪な話だが、両親は理由を答えなかった。
小学校低学年の頃、土曜日は昼になると母が学校へ迎えに来た。
友だちと遊べないのはイヤだったが、母と一緒に住吉へ行く。
大阪駅から市バスに乗るが、目的地は住吉車庫。
我孫子行きなら途中下車、住吉車庫ならそのまま。
バス停の近くに祖父母の家があった。
母と乗ったバスで右に見ていた大きな碑、あれ何やったろな、さあ、わからへん。
「兵部大輔大村益次郎卿殉難報國之碑」
大阪医療センターの東門近くの角にあった。
大村益次郎、長女が司馬遼太郎作品でイチオシだった「花神」の主人公。
こういう木訥な御仁、「花神」を読むまでは、歴史教科書の人物でしかなかった。
ただ、母は緒方洪庵に関する知識はあったから、へー、そうかと答える。
刺客に襲われた大村益次郎は、足を切断することになる。
切り取った足は、緒方洪庵先生のそばに埋めてくれと願う。
益二郎の足塚は、激烈な恩師への慕情なのか。
すぐ隣には緒方洪庵夫妻の墓。
檀家ではないのだが、お参りをさせて貰った。
と、そういう話を、聞くのが好きな母親だった。
信心深いのか、歴史好きなのか、理由は分からない。
終末を迎える人に、なぜなのかと聞くことはできないオッサン。
好きと言われたらせっせと、気になると言われたらコツコツ調べて歩く。
ちょっと面倒くさかったけれど、楽しくもあった。
花の撮影は終わってしまった。
母の居ない生活も始まっている。
母に何か面白い話をしたかったのだが、何だったか。
それは良い話だったはずだから、思い出そうとしているが、詳細が出てこない。
人生の、次の停留所まで、もう暫く、ボンヤリしているオレ。
ファイト!
2017-09-20 00:00
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コメント(10)
tommyさん、素敵です!
お母様お幸せだっただろうな。
母親にとっての息子って、娘とは違う特別な存在だよな…って自分の母を見ていて思います。
そしてこのようにとっても素敵な親孝行ができたのって、
tommyさんの最愛の奥様のお力もあるんだろうなと感じています。
こちらのブログを読んでいて、いつも素敵なご夫婦だなと思っています。
自分の母もこんなふうに幸せに晩年を過ごしてほしいな。
……しっかりしろ、弟!! ←スミマセン、心の声が(^^;
by ミケシマ (2017-09-20 01:19)
花の撮影は終わっていません。
亡くなれたお母様に報告で見せてあげて下さい。
by REE (2017-09-20 03:18)
家族のために、大事な人のために、なにかをする、なにかをしたいと思う。
なにかをするためにささやかだったりたいへんな時間と労力を積み重ねる。
もちろんお金を積み重ねることもあります。
なかなかできることではありません。
後になって、なんであんなコトができたのかと不思議になったりします。
亡くなった母が言っていました。
世の中はぜんぶ順繰りにできてるねん。
だれかにしてもらったから、私もだれかにする。それでええねん。
母上に聞かせてあげたかった面白い話し。
もしかしたら空にかかった虹をつたって母上のところに届いたのですっぽりと抜け落ちたのかもしれません。
なにかの拍子にふと思い出すこともあるでしょう。
そのときまでのお楽しみですよ。
by あるいる (2017-09-20 04:02)
思い出す・・・・・
これは、続きます。
父を亡くした時、長く続きました。
そてもまた楽し・・・・
今も時々・・・
REEさんが言われるように、花の写真はまだまだ続きます。
続けられます。 お花ってみんな違う顔やからね〜♪^^
by hatumi30331 (2017-09-20 06:37)
「花神」読みました。NHKの大河ドラマにもなりましたね。
「人生には春・夏・秋・冬がある」という台詞が記憶に残っています。
by johncomeback (2017-09-20 09:27)
お母様のことはずっとずっと心に
あり続けると思います。
応援します。
by yoko-minato (2017-09-20 10:33)
こんばんは!
お母さんとの思い出、たくさん思い出して
くださいね!
それが最高のご供養になるような気がします。
by Take-Zee (2017-09-20 18:37)
彼岸花がこちらでは撮れないのが残念ですね。
by JUNKO (2017-09-20 19:53)
墓場まで持って行くと言い残し母は何かを私たち子供に伝える事もなく
逝ってしまいました。帝国軍人の生き残りだと言ってた父の口からも
ついに戦争の話は聞く事がありませんでした。他愛もない嘘の数々は
ちょっとしたことでバレる事がありましたが、頑なに何かを自分の胸に
仕舞い込めた両親、今から思えば脱帽ものです。
by Lonesome社っ長ょぉ〜 (2017-09-20 21:51)
花の撮影続けて キレイなもの沢山感じて
お母様をもっと喜ばしてあげて
先生の心の中にお母様はいらっしゃります
いつまでもね
by snow (2017-09-20 22:03)